めて、そう言って、自分の室へ行ってしまう。そうするとその仕事はきっと五時には済む。普通より一時間だけ余分に働いて、二倍以上の骨を折ったのだ!
彼らは「やりじまい」という「わさびおろし」で自分をすりおろすのだ!
それは、陸上における請負仕事、あるいは「せい分」仕事、と同じものだ。
「やりじまい」の仕事で、時間のおくれるのは、それは労働者に「腕がない」のであった。仲間から言っても、それは「だらしのない」ことだった! 自分からいえばそれは「自業自得」であった。そして、資本家から言えば、「だからこれに限る」のだった。それで、「おれたちがもうかる」のであった。
彼らは、ほとんど骨の髄までも冷たくなって、夕方、ほかの水夫たちが、飯を食ってしまったあとでようやく、その「やりじまい」を終えた。それは彼らの言うのが正当であった。「やりづらい!」と。
三九
一切はともかくも順当に行った。
高架桟橋からは、予想以上に、石炭を吐き出した。それは黒い大雪崩《おおなだれ》となって、船艙《せんそう》へ文字どおりになだれ込んだ。仲仕は、その雪崩の下で、落ちて来る石炭を、すみの方へすみの方へと、ショベルでかき寄せた。上の漏斗《じょうご》からの出方が速くて量の多い時は、数十人の人夫のショベルの力は間に合わないで、船のハッチ口は石炭でふさがってしまい、人足たちは船艙の四すみのあいたところへ密閉されてしまった。
彼らは、苦しさと暗さとから、その身を救うために、そのありたけの力で、石炭をすみの方へかき寄せた。そのショベルの音、石炭のザクザク鳴る音、彼らが何か呼ぶ声が、デッキの上をあるいていると、初めての者にはどこから聞こえて来るかわからないのと、その音がまるでもしあるなら冥土《めいど》からでも出ただろうといったふうな妙に陰気な響きであるので、必ず驚かされるほどであった。そしてハッチ口に山のように高く積んだ石炭は、うまくダンブルへ収まって、中の労働者が上へ上がることができるだろうかと、心配せずにはいられないほど高かった。
労働者たちは、時とすると半日も石炭に密閉されて、隧道《トンネル》に密閉された土工のように、暗い中で働いているのであった。出て来ると、まるでからだじゅうが肺ででき上がった人形ででもあるように、幾度も幾度も飽かずに深呼吸をしているのであった。そして、ごま塩のついた、非常に大きな、――それは他のどこの港でも見られない――人間の頭ほどの太さの、整頓《せいとん》した、等辺三角形の、握り飯を一つずつ、親方から受け取って、船室へ持って来ては食っていた。
それはセーラー中での食い頭《がしら》三上でさえも、一つはとても食べられなかった。それにはごま塩以外何にもおかずはついていないのであった。人足は夕食にその握り飯を一つもらうと、明け方までは、義務として、残業労働を、再びその窖《あな》の中で、「あの世」の人のごとくに続けねばならないのであった。
石炭の運賃は、そのころ一トンについて室浜間が五円であった。従って、石炭は水夫室にまで積み込まれた。水夫の月給は八円ないし十六円であり、仲仕、人足らは八十銭の日賃銀をもらっていた。そしてその途方もない握り飯に釣られると、一円三十銭だけ、一昼夜でもらえるのであった! そして石炭の運賃はトン五円であった!
ありとあらゆるすき間は石炭をもって填充《てんじゅう》された、保険マークはいつも波が洗って、見えなかった。そして、糧食は、かっきり予定航海日数だけが、積み込まれていた。
船主や株主らにとっては、黄金時代であった。水夫たちや、労働者たちにとっても過度労働の黄金時代であった。
たとえば、汽船はゼンマイ仕掛けのおもちゃのそれのようだった。ゼンマイのきいている間は、キチキチとすこしも休むことなく動いた、従って、水夫たちも船長にしても、同じようなことであった。船長はややそのために水火夫へ対して当たったのかもしれない、迷惑な話だ!
人足たちは、桟橋から轟音《ごうおん》と共に落ちて来る石炭の雪崩《なだれ》の下で、その賃銀のためにではなく、その雪崩から自分を救うために一心に、血眼《ちまなこ》になって働いた。そして、そのために彼らの労働は一か月に二十日以上は、どんないい体格の者にも続けられないのであった。そして、彼らは粉炭を呼吸するのだ。
しかし、よかった。一切がわからなかった。一切が知られなかった。馬車馬のように暗雲《やみくも》にかせぐのはいいことなのであった。そして、資本主にとってもこの事はこの上もなくよいことであったのだ。そして、そのころは欧州戦争が行なわれていたのだ。
その時であった! わが日本帝国の富《とみ》が世界列強と互角するようになったのは!
その時であった! 日本が富んだのは。その時であった
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