対する危険とは、火事が中風《ちゅうふう》の婆《ばあ》さんに、石臼《いしうす》を屋外まで抱《かか》え出させたほどの目ざましい、超人間的な活動を、水夫たちに与えた。そして、船首のハッチ二つは完全にその防備ができ上がった。
まだ二つのハッチが船尾の方に残っていた。そして、時間は今夕食に迫っていた。水夫たちは、飢えを感じた。けれども、海も飢えを感じて、わが万寿丸をのもうとしているのであった。
船は絶えずもがき、マストは絶えず悲鳴を上げ、リギンは絶えず恐怖に叫んだ。船首の船底は、波浪と決闘するように打ち合った。船尾ではプロペラーが、その手を空《くう》に振り上げた。
自然と人力とはその最大の力と、あらゆる知恵とをもって戦闘した。
三
船を一郭として、人間と機械とが完全に協力して、自然と戦っている時に、船員たちは、自分たちが、船《ふな》のりであることを、この時以上に癪《しゃく》にさわり、心細くなり、哀れに気の滅入《めい》ることはなかった。そして彼らは、あらゆる瞬間の極度の緊張と、注意とにもかかわらず、自分の運命を哀れむのであった。彼らは、まっ暗な闇《やみ》の中を電光が一時に、全く鮮明にパッと明るく照らすように、この困難な労働の間に、感ずるところの彼らの地位は、全くハッキリした賃銀労働者の正体であった。しかし、それは電光と全く同じであった。彼らは、すぐ、その仕事の方へと一切の注意を向けねばならなかった。
水夫らは、船首の方を済まして、船尾のハッチへ行くために、サロンデッキに上《のぼ》った時であった。ブリッジにいたコーターマスターの小倉《おぐら》が、何かわからぬことを、からだじゅうで怒鳴りながら、物すごい勢いでブリッジから飛びおりて来て、サロンデッキを艫《とも》の方へかけて行って、そのタラップをまた飛びおりた。
セーラーたちは、ビクリとした。のみならず、コック場のコックやボーイや交替で休んでいた機関長や、ブリッジの上の船長やは、全部が小倉の飛んでった行方《ゆくえ》を見守った。
小倉は、船尾へ駆けつけた。そこには、ブリッジからあやつるスティームギーア(蒸気|舵機《だき》)の鎖と、そのカバーとの間に、わざとのように、水夫見習いが、右半身をうつ伏しにもぐり込ませていたのであった。
小倉は、水夫見習いが楽に出るようにと思ったのであったが、しかし舵機は同位に船首を
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