保つために、一刻も放擲《ほうてき》しては置けなかった。
そこへ水夫らは全部かけつけた。あるものは、カバーの金板《かねいた》をバーで動かそうと試みた。この間にも波浪は、船首甲板ほどではないにしても三、四|度《たび》、ここを洗った。
水夫全体の力と小倉との力は水夫見習いを、鎖とカバーの間から引っぱり出すことができた。けれども見習いは、引きずり上げられた溺死体《できしたい》のようにだらりとして、目ばかりを宙につっていた。彼は直ちに、水夫|二人《ふたり》にかつがれて、最も震動と、轟音《ごうおん》のはなはだしい船首の、彼の南京虫《なんきんむし》だらけの巣へ連れ込まれた。
仕事着を彼から脱がせることは最大の急務であった。が同時に最大の困難でもあった。まるで帆布作りの仕事着ででもあるように、それは凍りついていたのである。ついて来た藤原は、その腰のメスを抜いて見習いの仕事着を上手《じょうず》に切り裂いた。そして、彼の寝間着が、上にかけられた。
ボーイ長の右手と右の肺の部分に紫暗色の打撲傷ができていた。そして左足の拇指《ぼし》が砕けていた。
ストーブがないために、水夫らははなはだしく寒かった。見習いは、傷と、凍えのために、もしこのままにして置くならば、必ず、始末は早くつくということを皆知っていた。そこでついて来たストキと、水夫二人は各水夫の巣から、ありったけの毛布を集めて、それをかけてやった。
そして、そのまま、全部彼らは船尾ハッチのカバー作業に駆けて行った。
船尾のハッチは船首のそれと同様の危険と困難さをもって、作業された。手の届きそうな低空を、雪雲が横飛びに飛んだ。中に、濃い雪雲は、マストに引っかかってそれを抜いてでも行くかのように、はげしくマストを揺すぶった。水平線は、頭上はるかにのぼるかと思うと、足下《あしもと》深く沈んだ。(船の動揺は、同時に水平線を動かすものだ)ボーイ長(水夫見習いをいう)の運命は、全甲板労働者の現在のすぐ背後に鱶《ふか》のように迫っているのであった。
船尾部分のハッチはこの上もなく厳密に密閉された。そして、次のは、機関室と、その上部にある士官室、サロンデッキとの陰になっていたために、以前の三つに比べて、作業は楽であった。そこで、藤原は、ランプをともす準備をするために、再び「おもて」(船首部分)へ帰って行った。
ランプ部屋へはいる前に、彼
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