持ってることは、もう言わなくてもわかってるだろう。サア! くだらない筋だの、金ピカだのを除《と》って、人間として、人間の要求に応ずるがいい」
波田はその椅子の上へ、ドカッと腰をおろした。そしてシーナイフを藤原の前から取って彼の尻《しり》っぺたにブラ下がっている、その帆布製の鞘《さや》に収めた。
人々は初めてホッとした。彼がライオンのように、あばれ回らなくて幕になったことが、だれもを安心させた。実際、それはまあよかったとだれもを感じさせた。
船長は、まるで、ばかにしたような態度を、要求書へ向けていたのだが、今では、それが非常に尊いものででもあるように、チーフメーツの前から、自分の前へ引き寄せて、ながめ初めたのであった。この紙っきれに、あの情熱と憤懣《ふんまん》とが織り込まれてあったのだ! 彼は、それを引き裂かなかったことを今になって喜んだ。
それを引き裂きでもしていようものなら!
「それで、その要求書にある条項を、一々説明しましょうか、もし、お求めになるならば」藤原は言った。
「いいや、説明には及ばないだろう。大抵わかってるだろうから。しかし、一応メーツたちと相談しなければならないから、お前たちは、ここでちょっと待っててもらいたいね。ちょっと相談をして来るから」と藤原へ言って、「どうぞ私の室まで」とメーツらに目くばせをして、彼は船長室へ又候《またぞろ》はいって行った。メーツらは続いた。
「波田ってやつあ、どえらいやつじゃねえか」とサロンの外では、波田の行動に対して、賞賛の辞を惜しまなかった。「あれに限るよ。あれで行きゃ、こちとらだって、いつでもこんなに苦労しなくても済むんだが」
「そうさ、力の強いのが勝つんだ。おれたちゃのまれてるんだ」などと火夫たちは、その場から去ろうとはしなかった。
水夫たちは、相手がいなくなったので、極度の緊張から解放されて、煙草《たばこ》に火をつけて、休憩した。
「どうだい、ボースン、お前の代わりまでいいつけられたじゃないか」波田は、ボースンの方を向いて言った。ボースンは、まるで、ひどく頭でも打たれた者のように、ボンやりしていた。出し抜けに船長を斬《き》ったりするやつは、彼も見たことがあったが、口も手も、これほど達者なやつは見たことがなかった。「それにやつはまだ子供じゃないか」ボースンは、びっくりしてしまっていた。「いや、ど
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