ーツとがサロンへはいると、彼らは、水夫たちへの激励から、船長、チーフメーツへの示威運動へと移った。
 口笛が盛んに鳴った。足踏みが拍子《ひょうし》をとって、踏み鳴らされた。
 「何だ! そんなとこから、のぞき込みやがって、あっちへ行け?」船長は怒鳴りつけた。
 「何言ってやがるんだい(以下六字不明)!」だれかが後ろから叫んだ。
 これは早く、片をつける必要があると考えた。[#「。」は筑摩版では「、」]船長は、入り口の方へ、その「物すごい」目を一|閃《せん》放っておいて、椅子《いす》へ腰をおろした。
 「どうだろう。これは即答もできないから、横浜へつくまで保留したら」彼は切り出した。
 「船長、それはいけません。私たちは、これが室蘭だから、要求として成立することを知ってるのです。横浜まで行けば、産業予備軍が捨てるほどおります。私たちは、ここで要求が容《い》れられ[#「容《い》れられ」は底本では「容《い》られ」]なければ、労働をしません。それから、これはどうお考えになってもご随意ですが、私一人を馘首《かくしゅ》したにしても片はつきません、と言うことを申し上げときます。私たちは、何の相談もしないのに、機関部の方でもあんなに、動揺してるじゃありませんか。この要求は恥ずかしいほど、妥協的なおずおずした時代遅れの、要求ですよ。これが容れられないということになれば、『お前たち奴隷は、おれたちの(もの)だ』ということになりますよ。
 あなたたちが、一か月の俸給だけで四百円――彼はこれを聞くのに苦心したのだ――取って、戦時利益特別賞与が年四十五か月分ある。この現在、私たちが、月給十三円から十八円で、命をかけて労働するということは、私たちは、あまりいいこととは考えられません。あなた方は、自分の懐中の裕福なので、夢中になっていられる間に、私たちは俸給の三倍もの率で、物価が上がってるので、非常な減給を受けた形になっているのです。おまけに、労働時間は、船が忙しいと同じ比例で、私たちをかり立てています。一日に十四時間は、まるで、懲役囚よりも長時間です。その上公休日なしです。けがはしっ放し、死に放題、しけだろうが、夜中だろうが、おれは宅へ帰るからサンパンを押せ、お前たちは夜明け前に帰れ! これが私たちなんです。どうですか、聞いていて恥ずかしくなるような労働条件ではありませんか、実際、監獄だってこ
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