うでしょうあいつだけを、下船させることにして、あとはチビチビやったら……でないと横浜正月がフイになりますよ」
 チーフメーツもボーレンを探っていたのだ!
 「そうだなあ! 僕も、浜で正月をしたいと思ってるんだが、それさえなけりゃ、十日や二十日|錨《いかり》を入れたってかまやしないんだけどなあ、じゃあ、応急手当として、ストキだけ下船さすか」船長も賛成した。
 「それがいいと、思うんですがね。ただ、その方法です。どういうふうにしたらいいか、皆の前でやるか、それとも一人だけ呼んでやるかですがね。で、もし、水夫ら全体があいつについて行くというような時には、二十か三十やって追っぱらうよりほかに、仕方がないと思うんですよ」チーフは何でもいいから、彼が、この船から「消えてなくなれ」ばいいと思うのであった。
 「そう! 何にしても、この際時間を争うんだからね。どんないい方法も遅れちゃいけないんだから。じゃ、ストキのやつに下船を命じよう」船長は言った。「だが、一体、やつらは何という不都合なやつらだろうな。これが横浜だったらなあ」
 船長は、横浜でないことを、返すがえすもくやしがった。やつらを「殺しても、あき足らないほどなのに、場合によっては、下船どころか金まで出すとは!」全く、彼のくやしがるのは理由《わけ》があった。
 「何にしても時が、悪いもんですからなあ。ところで、ストキが、海事局にボーイ長の雇い入れ未済のことと、負傷のこととを申告しやしないかと思うんですがね。そいつをやられると、どうもおもしろくないから、なるべくうまく、ごまかす必要があると思いますね」チーフメーツは、外に出ようとしながら言った。
 「だが、全く、癪《しゃく》にさわるじゃないか、停止も食わせないなんて、監獄にでもほうり込んで、やりたいくらいだ。治警に立派に、引っかかってるんだからね。畜生め?」
 それは、船長が憤《おこ》るのは、いうまでもない「ごもっとも」な話だ。
 二人は、まだ何かこそこそと話した。一々そんな話を書くのは、面倒臭くて堪《た》えられない話だ。先へ進もう。急げ、急げ。

     四五

 船長と、チーフメーツとはサロンへと出て行った。
 ところが、これはどうだ。サロンの入り口へ火夫たちがまっ黒に集まって、中をのぞき込んでいるのだ。口笛を鳴らす者があった。足踏みをするものがあった。
 船長とチーフメ
前へ 次へ
全173ページ中159ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング