探っていた。だが、ボースン、君が、君自身のことを考えるようには、他の人は決して君のことを考えてはいないんだ。君自身が食えなくて餓死する刹那《せつな》にだって、他の人は妾のことや、芸妓《げいぎ》のことなどを考えてるのだ! 他の人は、全く、他の人の身の上のことなど、てんきり考えはしないんだ。他の人とはお前を使うところの人だ、わかったか、ボースン!
だが代わりは、ボースンに限ってないわけではなかった。それは、室蘭じゅうに一人のボーイ長の代わりだってなかった。
チーフメーツはややこの点に、その考えを向けるだけの余裕を持っていた。
「船長」と彼は、船長の回転椅子の背後から、低い声で船長を呼んだ。
「チョッと」と彼はあとしざりした。
「何だね? うん、ああそうか、じゃあ室へ」チーフメーツへ言った。チーフは船長室のドーアの中へ消えた。
「お前らは、ここへ待ってろ!」水夫たちにこういうと、船長は、チーフメーツのあとを追って自分の室へはいった。
船長も、その辞書の中から、不可能という字を、削る冒険はするくらいな男であった。従って、チーフは、船長に室蘭でそれだけの労働者を、即時に得るということは「不可能」だと、いいたかったのであった。が、船長は、全く、始末にいかぬタイラントであった。それは、コセコセしたちしゃの葉のような感じのするタイラントだ。
「船長、室蘭にはボーレンが一軒切りありませんが、ね、……」彼は、どうだろうといったふうに、
「正月前だから、休んでいるものがないだろうと思うんですがね」チーフメーツは切り出した。
「もし、室蘭になかったら小樽《おたる》か、函館《はこだて》から呼ぶんだ。えーっと、しかし、そうすると横浜帰航が大変おそくなるね。だが、室蘭に五人や十人の船員がないってことはないだろう。君は調べて見たかね」船長はきいた。
「実は、入港するとすぐきいて見たのですがね。二、三日前までは、三、四人休んでいたが、便をかりて横浜へ行ったとか言ってたんです。だから、それから一週間にもならないんだから、とてもだめだろうと思うのですよ。で、なけれや私もストキは、早く処分しなけりゃならないとは思っていたのですから、代わりさえあれば、ここで下船させるつもりだったんです。あれさえいなけりゃ、何《なあ》に他の連中は尻馬《しりうま》に、乗ってると言うだけのもんですからね。ど
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