するように仕込んでしまったのか。
 ちょうどこの時、船長は、そのマストがきれいになり、サイドが化粧し、うまい具合に満船したという報知を、チーフメーツから受け取って、彼女と、酒を飲んでいた。彼女は、「これが、この年のお別れで、来年は、また、すぐ会えるのね」と言ったふうな意味のことを言った。
 「おれは、お前の美しいのが好きだけれど、そこがまた、おれを心配させもするんだよ」と、彼は杯をなめた。それは登別の温泉宿の一室で、燃えるような、緋《ひ》の布団《ふとん》のかかった炬燵《こたつ》の中であった。
 ボーイ長は、その時、鉄のサイドが、同時に彼のベッドの一方である、その寝箱の中で、海のものとも山のものともつかない傷と、病《やまい》とのためにうなっていた。
 水夫らは、彼らを、あまりしっかり締めすぎる鎖を、少しゆるくするように、要求する相談の最中であった。
 三田子爵《みたししゃく》は、この汽船会社と、その炭坑との社長だった。彼はその時、何をしていたか、雲の上に隠れてしまって見えなかった。
 
     四二

 夜が明けた。風がヒューヒューうなっていた。灰色の空は、どこからともなく、山となく平原となく水平線となく、とけ合ってしまっていた。その間を粉のような灰色の雪が横っ飛びにケシ飛んでいた。だが、大した雪ではなかった。目も、鼻も、あけられないと言う、あの特徴的のやつではなかった。風は、大黒島を代われば必ず、前航海ほどには吹いているだろうとは想像された。
 ハッチは、まだその口をあけたままであった。それは粟《あわ》おこしを食った子供の口の辺に似ていた。デッキじゅうは石炭だらけであった。その各片はデッキの鋳瘤《いこぶ》のように、デッキへ堅く凍りついていた。
 ボースンはチーフメーツのところへ、その作業の順序を聞きに行った。すぐそのあとからストキ藤原が、清書された要求書を持って続いて行った。小倉は、起きると共に火夫室へ行った。
 水夫らは、それはいつもの朝とは何だか大変違った朝のような気がした。全く実際違った朝ではなかっただろうか。
 ボースンは、チーフメーツの室にはいった。そして彼はあとを締めようとすると、もうストキがすっかりそのからだを入れていた。そして扉《ドア》はあとからストキによって締められた。
 「お早うございます」とボースンはいった。
 「うんすぐ……」チーフメートが
前へ 次へ
全173ページ中148ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング