の鼓動がくたびれていて、額から冷汗が出て、ものを言う気に、どうしてもなれなかった。ただ、アーッと小さくため息をもらした。
 番小屋で休んでいた男女の人足たちは、彼らが取りめぐっていた、ストーブの一辺をあけて三人に与えた。そして、ボーイ長の負傷に同情と憐愍《れんびん》の言葉を贈った。
 「おれたちあからだが資本《もとで》だでなあ、大切にしなけれや」と言い合った。「かわいそうにまあ、まだ子供だによ」と言った。
 ボーイ長の左足は、銃剣の尖《さき》のように、白木綿《しろもめん》でまん丸くふくれ上がっていた。その尖《さき》がストーブの暖かみで、溶けた雪粉によって湿らされていた。
 ボーイ長は、そこで、変わった人々の慰めの言葉を聞いて、涙ぐまれてしようがなかった。
 彼の母ぐらいの年配の老いたる婦人も、あの劇労に従うのであろう、ショベルを杖《つえ》にストーブのそばへ立っていた。彼は、恥ずかしい気持ちを感じた。なぜそうであったかはわからないが、彼がけがをして病院へ負われてなど行くということが、恥ずかしい気がしたのであっただろう。そこにいた人たちは、そんな大きなショベルを動かすさえ困難であったように見える、年配の人が多いのであった。それは皆四十を越しているか、そうでなければまだ十五、六の子供かであった――そんなのが娘さえも交じって四、五人いた――働き盛りの者はどこにいるだろう? と、人々は思わずにはいられなかった。
 働き盛りの者は、夕張《ゆうばり》炭田の、地下数千尺で命をかけて、石炭を掘っているのだ! それに、彼らの息子《むすこ》や娘が、そっちへ出かせぎに行っているのだ。そして、帰って来れば、不具者か敗残の病躯《びょうく》か、多くは屍《かばね》になって帰って来るのだ。
 「おれも、片輪になって帰らねばならないだろうか」ボーイ長は、灰になりかけた石炭のような、味気ないさびしさに心を虫食われた。
 「サア、行こうか、今度は僕が負《おぶ》うからね」藤原が言った。
 人足の人たちも手伝ってくれて、ボーイ長は藤原に負われた。三人は、また、四本の足をもって、馬蹄形《ばていがた》の海岸の石崖《いしがけ》の端を、とぼとぼと拾い歩きして行った。そうして、藤原は丈《たけ》が高かったにしても、雪は二尺から積もっていた。踏まれた道は狭かった。ボーイ長は、道ばたの高い雪へ、足で合図の印《しるし》でもつけ
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