は、そこらの物を片づけ始めた。帆布で作った袋の中へ、一切合財押し込み始めた。そして、その間に、アーッとため息をもらした。曇った夕暮れのように、どんよりと考え、どんよりと感じた。彼は寝床の下から、長いこと、そこにつっこんであった、破れたゴムの長靴《ながぐつ》をとり出して、それにながめ入っていた。白い粉のように、塩がフイていた。が、彼はその靴の事を考えているというわけでもなかった。彼は、それをぼんやりと見入っていた。
ナンバン、大工などの連累者は、ボースンの命|乞《ご》いを計画して、それぞれ手分けをして頼み回っていた。ことに大工は、船長と同じ国の山口県の者であった。彼は、国者《くにもの》という、――何という哀れな、せせこましい、けちくさいことだろう、――理由で、船長のところへ、日ごろの寵《ちょう》を恃《たの》んで出かけて行った。
「お前が、国の者でなかったら、お前も一緒なんだぞ!」大工は、船長にそう怒鳴りつけられて、失望したような、ホッと安心したような、何だか浮き浮きしてうれしそうな気にまでなりながら、おもてへかえって、「だめだった」ことを報告した。そして、心の中では口笛でも吹きたいような元気元気した気になった。
三上は、何とも思わなかった。それは、人のことなのだ! ナンバン、ナンブトーも、同様であった。
読者は、作者に対してこのことで憤《おこ》っては困る。作者が冷淡にしたわけではないのだ! もしまた、皆がそうでなかったら、ボースンがおろされるようなことも初めっから生じ得なかったろう。要するに、労働者が結合していないことを、作者に向かって憤られるのははなはだ迷惑だ。
ボースンはばかな子が、その帯をくわえるように、その靴をいつまでもいじくっていた。
しばらくして、彼は、その靴を床へ力一杯たたきつけた。そして、しばらくまた考えていたが、また、それを拾い上げて、その破け目を子細に調べて、ソーッと、下へ置いた。彼は、寝床の縁板《へりいた》のすみに、セルロイドの妻楊枝《つまようじ》を作って置いてあった。それは歯のためにいいだろうと、彼は自分で思い込んでいた。彼はまた、それへ目をつけた。これはどうしよう。彼は、それをとり上げて、また、子細に検査を始めるのであった。一切のものが急に、非常に重大な、貴重なものであるように、彼は感じ初めた。
水夫たちは、ボースンの室をのぞい
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