が、跡始末がもっと大切なんだからね」藤原は、彼の苦い経験を思い起こした。「せっかくきれいに掃除《そうじ》しても塵取《ちりと》りですっかり取ってしまわないで、すみっこの方にためときでもすると、埃《ほこり》はすぐに飛び出して、前よりもきたなくなるようなものだからね。ことに、三上のような捨てっぱちなやり方は、残った同志のことを思えばやれないはずだと思うよ」藤原は、一切のプログラムを腹案しつつ言った。「でボースンやカムネ(カーペンター――大工――の訛《なま》り)はどうするんだね」波田はボースンや大工が裏切り者になりはしないかを恐れた。彼らは籠《かご》の中で孵《かえ》った目白のようなものであった。自分の牢獄《ろうごく》を出ることを拒む、その中で生まれた子供のようであった。彼らは船以外に絶対に、パンを得られないほど、船に同化されていた。たとえば彼らは、ちょうど人間ほどの太さのねじ釘《くぎ》にされてしまったのだ。それは船のどこかの部分に忘れられたようにはまり込んでいるのだ。そして、それは大切なねじ釘なんだ。だから錆《さ》びるまでそこへそのまま置かれるのだ。錆《さ》びると新しいのと取り換えられねばならない。
 彼らはねじ釘の本質に基づいて、船体に錆びついているものと見なければならなかった。
 「よっぽど例外ででもなけれや、あいつらが船長に闘争を宣言するなんてこたあないよ」とストキもいった。
 「それやあたり前さ、今夜だって、ボースン、大工は、チーフメーツに大黒楼に呼ばれて、そこで飲んでるんだぜ。もちろんやつらあ、ねじ釘さ! だがやつらはかえっていない方が足手まといがなくっていいよ。今夜は貸金の利子を勘定する日さ」西沢は、すばしこくスパイしていたのだった。
 「おれたちは毎月の収入の五分ノ一ずつ出し合って、やつらに芸者買いをさせ酒を飲ましとくんだなあ」波田が言った。
 「では」藤原が言った。「要求書は僕が原稿を作って、それがまとまった上で、清書して判をおして、それから提出ということにしようね。それまではもちろん、絶対に秘密、しかし内容を秘してコーターマスターを説くことは小倉、君に一任しよう。ね、それでいいかしら、ほかにまだ考えて置くことはなかったかしら」彼はちょっと頭を軽くたたいて考えた。
 「もういいようだね」西沢が答えた。「だが波田君には菓子が、僕には酒と女とが足りないような気が
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