僕の故郷では、どんなに嘆くか知れやしないよ。それだけではないんだ。僕の家では食う物に困ってしまうんだ!」小倉は感情がたかぶって来た。彼の頭には、彼が村を去る時の悲痛な光景が涙に曇って浮かんで来るのであった。
「同情する! 労働者はほとんどすべてが、罷工《ひこう》することのできない地位につき落とされているんだ! あらゆる組織がおれたちを簀巻《すま》きにしているんだ。そして、おれたちは首を切られても罷工もできないんだ。直立不動の姿勢を保って、なぐっても、けられても、それをくずせない新兵よりもおれたちは苦しいのだ。資本制は、労働者に一人《ひとり》残らず狭窄衣《きょうさくい》――監獄で狂暴な囚人に着せる革《かわ》の衣類、それを着ると、からだは自由がきかなくなって、非常な苦痛を感じる――を着せて、手錠、足錠をはめているのだ」藤原は、その目だけがますます然え上がった。が顔はそれと反対にだんだん血の気があせて青ざめて行った。
「だが、小倉君、君はどっちにしてもだれかの死には、関係しないわけには行かないだろう、ボーイ長は、自分のパンを求めに来て、鉤《はり》のついた餌《えさ》を食った魚のように、自分を生命の危難に打《ぶ》っつけてしまった。それが、『今』の問題なんだ。これはボーイ長にその形をとって現われたのだが、パンを得るために、船のりになるなどと言うことは、針のついた餌に釣られた魚と同じことなんだ! それはわれわれ全体に一様に変わりのない運命なんだ。われわれには、鉤についた餅よりほかには、どこにも餌がないのだ。君も二度まで沈没船に乗っていたというじゃないか、その時に、もし万一君が死んでいたら、どのくらい君の家族は嘆いただろう。もしその時に、君がだれかに救われなかったとしたら、君は、その嘆きを家の者にかけなければならなかったんだ、そうではあるまいか。それは、どこへ行っても餌に鉤がついてるから起こることなんだ。
だが、小倉君、君の言うことはわかる。僕らは馬車馬のように生活するか、餓死するかどちらかなんだ。ほんとうに、僕らが、僕らの持っている偉大な力に、自分から驚く時の来るまでは、いたずらに、僕らは犬死にをしなければならないんだ」上陸の時以外に彼らが口にすることのできない一杯の紅茶は、彼らを興奮せしめたように見えた。藤原は自分でもそう思いながら、自分に追っかけられて話しつづけるのであ
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