底でそれぞれの仕事の持ち場についた。
 ボイラーは、ハッチの口よりも長かったので、非常にその作業は困難であった。けれどもその日の夕方には、三本のボイラーをうまく無事に積みおろすことができた。
 さて、それから、万寿丸は、高架桟橋の、石炭|漏斗《じょうご》の下へ、そのハッチの口を持って行かねばならなかった。

     三〇

 ボイラーが、艀《はしけ》へ積み込まれるとすぐに、わが万寿丸は、高架桟橋へ横付けにするために、錨《いかり》を巻き始めた。
 錨を巻き始めると、おもての室の中は、一切合財がガラガラにゆるんでしまいはせぬかと、気がもめるほど震動した。とどろきわたった。ボーイ長は、その弱った神経がこわれるのを、心配するような格好で、耳に栓《せん》をするのだった。
 水夫室のまん中にある蓋《ふた》をとると、その下は錨鎖のはいる箱(チエンロッカー)になっていた。それはすっかりの鎖が出切った時、そこの広さは、横六尺、縦六尺五寸、高さ十尺ぐらいであった。そして、それが二つ並んでついていた。上で巻き上げる鎖は、デッキの穴を通って、この箱の中へ送り込まれるのであった。それをこの箱の中では、波田が、一々、鎖を順序よく並べなければならなかった。そうしないと、鎖が穴の下へたまってつかえてしまうのである。
 波田は、この箱のドブドブの中へ、カンテラをさげてはいるのであった。そして、金棒の先の鉤《かぎ》になったのを、落ちて来る鎖に引っかけては、順序よく並べねばならなかった。それは急がねばならぬし、力のいることだし、狭いところだし、ぬれていてすべることだし、暗くはあるし、油煙は立つし、息苦しくはあるし、そして、また、時々鎖から鉤がはずれると、肘《ひじ》で後ろの壁を力一杯つき飛ばすのであったし、鎖が一杯になって来ると、彼は、鎖の中に危うく身を構えて、それにはさまれぬように作業しなければならなかった。これは一航海に一度でもうんざりする仕事であった。それを、彼は、昨日《きのう》の朝から、二度目であるのだ。
 波田は暗い顔をして、チエンロッカーへおりて行った。彼は全く、それへはいる時は地獄《じごく》へおりて行くような気がするのであった。
 彼はチエンロッカーについて悲惨な物語を聞いていたが、それは、いつでも彼がチエンロッカーへはいる場合に、彼の記憶の中から、ムクムクと起き上がって来ては、彼を脅《お
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