るんだ。だから、彼らはおれたちに女郎買いを奨励するんだ。借金があれば、月二割の途方もない利益があるのと、それに頭を上げられないし、足止めすることもできるんだからな。だから藤原君なんか、いつまでたってもストキなんだ。だから波田君なんざ、僕よりもいつも進給がおそいんだ」西沢は自分たちのことを例に話した。全く藤原はその驚くべき独学の努力のおかげで、学校出の船長などよりも、はるかによく社会的事情にも、一般学術的常識にも、通じていた。
 小倉は藤原から、英語、数学、その他の学科を習った。彼は高等海員の試験を受けるつもりで勉強しているのであった。小倉も頭はよかったので、一年余りでナショナルリーダーを五まで上げてしまい、代数は高次までやってしまったのであった。そして、船長にしろチーフにしろ、頭脳が明晰《めいせき》なために、その地位を得たのではないことを知ったのだった。だが、小倉は、自分の位置を、高めることによって、酷使と隷属《れいぞく》と侮辱とから、逃《のが》れようとしたのであった。そして、それは結局彼|一人《ひとり》を救うことすら至難であり不可能であることがあらゆる努力を尽くして後、彼を敗残の身にしたことによってわかったのであった。彼は非常に圧迫を憎んだが、身を挺《てい》して反抗しようとする代わりに、権力の壁にくっついて身を隠そうとたくらんだため、卑怯《ひきょう》になったのだと、水夫たちからいわれていた。
 ボースンはデッキからおりて来た。そして三人が煙草をのんでいるところへ来て、チーフメーツは非常におこって、すぐに下船を命ずるといっていたが、自分はやっと頼んで、やめてもらって来たから、どうか、一服したらすぐに荷役にとりかかってもらいたい、そうしないと、チーフメーツは、すぐボーレンへ代わりを連れに行く気でいるのだから、といって来た。
 藤原は、産業予備軍が海員においては、組織的に、ボーレンによって動員準備されてある、かつ事情不明のためストライク・ブレーキングが平気で行なわれることを知っていた。そしてこの場合もそれが行なわれうることを知っていた。で、彼は、仕事につくことが得策であることを知った。
 「それじゃ、一服したらやると、チーフメーツへ返事して来てくれ」と、わけなくストキが承諾したので、おどり上がったボースンはデッキへ上がって行った。
 藤原は、西沢と、波田とに、形勢は全く
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