ながらも、チーフメーツの声に応じて、そのたびに、マストの梯子《はしご》まで駆けて行っては、また、駆けて帰るのであった。「ね。おい、やってくれるだろう。な、おい、頼んだぜ」
「おれたちゃチーフメーツの命令でやめただけのもんだ。ボースンからやれっていわれたってどうも、やるわけにゃ行かないぜ」ストキはがんばった。
「困ったなあ、ほんとに、チョッ! 頼む、わしは今ちょっとチーフメーツさんが呼んでるから上がって来るから、その間頼むよ。いいかい。おれを助けると思って。な」
ボースンは発育不良な、旅芸人のジョーカー見たいな格好で、マストにとりつけてある梯子《はしご》を上《のぼ》って行った。
三人の水夫は、そこに腰をおろしてしまった。彼らは、彼らの力が偉大であるということを知った。わずか三人のセーラーであった。しかも、それが、ただ何ともいわずに、ボイラーからおりただけであった。それだけなのに、このボイラーが動かず、あのクレインがむなしく待ち、仲仕が徒手傍観し、本船の出帆がおくれ、チーフメーツは青くならなければならない。
そして、これは、ただ労働を一時中止するというだけの簡単な理由からなのだ! そしてこれは、社会の一切の根本は、労働者の労働によって、維持される、ということを語るものだ。きわめて簡単であるのに、われわれの知らされない、唯一の事実なんだ!
水夫たちはそんなふうに感じて、煙草《たばこ》に火をつけた。
藤原は、西沢と波田とに、「これはまだ何でもないんだ。僕らは、こんな詰まらない理由でストライクには移れない。これは、労働者の発作的の痙攣《けいれん》だ。ストライクは発作的に無計画に起これば、必ず失敗するものだ。しかし、これでも、事によるとほんとうのストライクの、口火にはなるかもしれないけれどね。ストライクの総成員三名なんてのは、古今未聞だろうね」
「僕らは、しかし、この船の船長や、チーフや、ボースンには、あらゆる機会に反抗しなきゃならないんだぜ。船長チーフメーツは共謀で、おれたちあての食費を、会社から前月末に受け取るものだから、それをボースンに月二割で、おもての者に貸しつけさせてるんだぜ。見ろ、だから借金しないと、給料も上がらないし、受けが悪いじゃないか。向こう半年も頭なしのやつはどんどん給料が上がるじゃないか。やつらは、借金の利子を回収するためだけで、給料を上げ
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