青くなった。そして、ストキのところへ飛んで行った。
 「ストキ、どうしたんだね、何か腹の立つことでもあったのかね」ボースンはまるでチーフメーツがも一人《ひとり》できた、といったようにオズオズしながらきいた。
 「ボースンはすこしもおこっていないようだね。おれたちゃ、チーフメーツから、仕事をやめろと命令されたから、今やめたまでの話さ。そして、荷役の加勢はもうよそう、ということに決めたんだ。陸から、そのために来た仲仕があるからね。それに、仲仕の前で、ああがなられちゃ仕事もできないしね」藤原は答えた。
 「そんなことをいわないで、頼む、あとで何とでも話をつけるから、気を直してやってくれ、わしなんぞはどうだ、まるで畜生だが、頼む、ナ、ストキ、やってくれ」ボースンは自分が畜生のようにいわれることを知ってはいたのだ。だが、ボースン対チーフメーツの関係と、水夫対チーフメーツとの関係はまるで違っていた。
 前者には、高利貸とその手代という関係があり、後者は、高利貸対労働者という関係であった。
 「やるもやらぬもねえじゃないか、いいつけを守って、やめてるだけのもんじゃないか、ボースンもさっきから大分やめろといわれてるようだが、よさないとあとでまたうるさいだろうぜ」
 全くボースンにとっては、どちらにしても、あとでうるさい、面倒な事になったものであった。
 ボースンは、ストキから、西沢、西沢から、波田へ、その禿《は》げた頭をつるつるなでながら、一生懸命で、仕事をしてくれるように頼んだ。
 デッキでは、チーフメーツは青くなってしまった。彼は様子が悪いことを見てとった。しかし、どうにもならなかった。クレインの方では、チーフメーツの合図一つで、いつでも巻き上げようと、腕をたくし上げて待ってるのであった。デッキの上に、チーフメーツの怒鳴るために、人のことながらウロウロしていた仲仕たちは、にわかにボイラーの上から、水夫たちがおりたので、ぼんやりしてしまった。

     二九

 チーフメーツはデッキから、「ボースン!」と怒鳴った。
 ボースンは、いよいよあわてて、いよいよ急にその禿《は》げ頭をなでて、頼むのであった。「ソラ怒鳴ってる! 後生だからこのボイラーだけ上げてくれ。そのあとでいくらでも話はつくじゃないか、ホラ、またわめいた。頼む、ストキ、西沢、な、波田頼む」
 彼はこんなことをしゃべり
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