チーフメーツはボースンの周囲をグルグル回りながら、ボースンがばかであることを、ハッキリ飲み込ませてしまったよりほかには、何もしなかった。
ボースンはあわててしまった。どこから手を出していいか、わからなくなってしまったのだ。
藤原はボイラーの上に上がって、鉤《かぎ》が当然引っかかるような状態になって来るのを待っていた。そして彼は、普段から、あまりに意気地《いくじ》のない、ボースンや大工が、チーフメーツに「くそみそ」にののしられているのに対して、なおさら腹を立てた。
「ほんとに貴様らはばかだ! 奴隷《どれい》でもそれほど卑屈じゃないぞ! 水夫らからは月二割も搾《しぼ》りやがって、豚め! チーフメーツの野郎、なにかおれにいって見ろ! 思い知らしてやるから、高利貸の丁稚《でっち》め!」
彼は、それこそ、抜けかけたボールトのように、ボイラーの上へ突っ立っていた。
ホックはうまく彼と、向かい合って立ってる波田との間へおりた。波田は腕ほどの太さの、ワイアの鉤穴を持ち上げた。それは一秒間とは持ち続けることのできない重さであった。藤原は、ホックを、彼のからだの重みをもたせて、波田の持っている鉤穴の方へ揺るがした。それはちょうどそこへ行ったが、少しおり足らなかった。
だめだった! はまらなかった。
「何だ、ボケナス、どうしてはめないんだ! ばか! よせッ!」チーフメーツは頭から、ストキへ罵声《ばせい》を吐きかけた。
「波田君、降りたまえ! チーフメーツがよせという命令だ」そのまま藤原は、ボイラーからワイアを伝って飛びおりた。波田も続いた。
「どうした、ストキ、どこへ行くんだ! 畜生!」チーフメーツはまるで狂っていた。
藤原は下へ降りて、西沢をデッキから見えないところへ呼んだ。
「君、仕事があれでやれるかい、ばかとか、よせとか、怒鳴り散らされて? え? よそうじゃないか、おれたちあ、船を桟橋まで着けないで下船しちゃおう、ばかばかしいや! 奴隷じゃねえや」藤原はジロリとボースンをにらんだ。
「よせ! よせ! 全く、こんなボロ船いつだっておりるぜ」西沢も賛成した。
「ストライクか、それや、ぜひやらにゃならないこった」波田も賛成であった。
チーフメーツはデッキの上で、餅《もち》をのどにつめでもしたように、あわててしまった。
ボースンは下で癪《しゃく》を起こしそうに
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