た」と思わせるのである。
三上と、小倉とは、各《おのおの》が、そんなふうな感じをもって、朝の六時に起きた。二人ともはれぼったい目をしていた。
一夜は明けた。そして、重大なる事件は未解決のままに、夜を持ち越して、明けたのであった。それは、一夜を持ち越したために、事実の形を千倍もの太さにしてしまった。一夜――五時間――伝馬繋留《てんまけいりゅう》――水夫睡眠――何でもないことであった。それは全くきわめて平凡な詰まらないことであった。
ところが、それの舞台を、社会から、万寿丸にまで縮めると、問題が由々《ゆゆ》しく大きくなるのだった。
とまれ、小倉は「階段」のことは忘れたにしても、一応は、本船へ帰ってから、万事を解決した方がいいと考えた。ところが、三上は、それはばかなやり方だ、と考えた。そこに、三上と小倉との差違があった。
二人はその家を出た。そして、海岸を伝馬のある方へ逆に歩きながら、その事件の締めくくりについて考え合った。[#底本では「。」なし]
「おらあ帰らんよ」と三上は、さっきからいい続けていた。
「でも帰らなきゃ様子がわからないじゃないか」これは小倉の言い草だった。
「様子はわからんでもいいよ。あの伝馬をたたき売るか、質に入れるかして、おれたちはどっかへ行った方がいいよ」三上は自分の計画を初めて口に出した。
「でも、そいつあ困るなあ。僕は海員手帳が預けてあるし行李《こうり》もあるし、そいつあ弱るよ」小倉は全く困るのだった。彼は船長免状を取る試験のために、二度も沈没したりして、それに必要な履歴が実地として取ってあった。それは海員手帳に記入されてあった。
「だから、さようならって僕がさっきからいうのに、いつまでも君がぐずぐず、ついて来るからよ。君はサンパンを雇って帰れ。そして、三上が伝馬を盗んだとでも、何とでもいって、置けばいいじゃないか。僕はこれを売って、どこかへ行くんだから。行李や、手帳なんぞほしくもないや。早く君は帰れ!」
三上はクルッと反対の方を向いて、桟橋の方へ歩を返した。小倉も無意識にそれに従った。
「だって、すこしも君だけが悪いことはないじゃないか、大体船長が無理なんじゃないか、だから、帰ったって何ともないよ。帰った方がいいよ」小倉は、しきりに穏便な方法をとることを三上にすすめた。
「何でもかんでもいやだよ、おれは。もし帰る気に
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