ありやしないよ。だから医者へ行くとか、お前の家へ連れて行くとか、そんな風な大切なことを訊いてるんだよ」
女はそれに対してこう答えた。
「そりゃ病院の特等室か、どこかの海岸の別荘の方がいいに決ってるわ」
「だからさ。それがここを抜け出せないから……」
「オイ! 此女は全裸《まっぱだか》だぜ。え、オイ、そして肺病がもう迚《とて》も悪いんだぜ。僅《わず》か二|分《ぶ》やそこらの金でそういつまで楽しむって訳にゃ行かねえぜ」
いつの間にか蛞蝓《なめくじ》の仲間は、私の側へ来て蔭のように立っていて、こう私の耳へ囁《ささや》いた。
「貴様たちが丸裸にしたんだろう。此の犬野郎!」
私は叫びながら飛びついた。
「待て」とその男は呻《うめ》くように云って、私の両手を握った。私はその手を振り切って、奴《やつ》の横《よこ》っ面《つら》を殴《なぐ》った。だが私の手が奴の横っ面へ届かない先に私の耳がガーンと鳴った、私はヨロヨロした。
「ヨシ、ごろつき奴《め》、死ぬまでやってやる」私はこう怒鳴ると共に、今度は固めた拳骨で体ごと奴の鼻っ柱を下から上へ向って、小突《こづ》[#底本では「《こず》」と誤植]き上げた。
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