様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった。彼女は眼をパッチリと見開いていた。そして、その瞳《ひとみ》は私を見ているようだった。が、それは多分何物をも見てはいなかっただろう。勿論《もちろん》、彼女は、私が、彼女の全裸の前に突っ立っていることも知らなかったらしい。私は婦人の足下《あしもと》の方に立って、此場の情景に見惚《みと》れていた。私は立ち尽したまま、いつまでも交《まじわ》ることのない、併行《へいこう》した考えで頭の中が一杯になっていた。
哀れな人間がここにいる。
哀れな女がそこにいる。
私の眼は据《す》えつけられた二つのプロジェクターのように、その死体に投げつけられて、動かなかった。それは死体と云った方が相応《ふさわ》しいのだ。
私は白状する。実に苦しいことだが白状する。――若《も》しこの横われるものが、全裸の女でなくて全裸の男だったら、私はそんなにも長く此処に留っていたかどうか、そんなにも心の激動を感じたかどうか――
私は何ともかとも云いようのない心持ちで興奮のてっぺんにあった。私は此有様を、「若い者が楽しむこと」として「二|分《ぶ》」出して買って見ているのだ。そして「お前の好きなようにしたがいいや」と、あの男は席を外《はず》したんだ。
無論、此女に抵抗力がある筈《はず》がない。娼妓《しょうぎ》は法律的に抵抗力を奪われているが、此場合は生理的に奪われているのだ。それに此女だって性慾の満足のためには、屍姦《しかん》よりはいいのだ。何と云っても未《ま》だ体温を保っているんだからな。それに一番困ったことには、私が船員で、若いと来てるもんだから、いつでもグーグー喉《のど》を鳴らしてるってことだ。だから私は「好きなように」することが出来るんだ。それに又、今まで私と同じようにここに連れて来られた(若い男)は、一人や二人じゃなかっただろう。それが一一(四字不明)どうかは分らないが、皆が皆|辟易《へきえき》したとも云い切れまい。いや兎角《とか》く此道ではブレーキが利きにくいものだ。
だが、私は同時に、これと併行《へいこう》した外の考え方もしていた。
彼女は熱い鉄板の上に転がった蝋燭《ろうそく》のように瘠《や》せていた。未だ年にすれば沢山《たくさん》ある筈《はず》の黒髪は汚物や血で固められて、捨てられた棕櫚箒《しゅろぼうき》のようだった。字義通りに彼女は瘠せ衰えて、棒のように見えた。
幼い時から、あらゆる人生の惨苦《さんく》と戦って来た一人の女性が、労働力の最後の残渣《ざんさい》まで売り尽して、愈々《いよいよ》最後に売るべからざる貞操まで売って食いつないで来たのだろう。
彼女は、人を生かすために、人を殺さねば出来ない六神丸のように、又一人も残らずのプロレタリアがそうであるように、自分の胃の腑《ふ》を膨《ふく》らすために、腕や生殖器や神経までも噛《か》み取ったのだ。生きるために自滅してしまったんだ。外に方法がないんだ。
彼女もきっとこんなことを考えたことがあるだろう。
「アア私は働きたい。けれども私を使って呉れる人はない。私は工場で余り乾いた空気と、高い温度と綿屑とを吸い込んだから肺病になったんだ。肺病になって働けなくなったから追い出されたんだ。だけど使って呉れる所はない。私が働かなけりゃ年とったお母さんも私と一緒に生きては行けないんだのに」そこで彼女は数日間仕事を求めて、街を、工場から工場へと彷徨《さまよ》うたのだろう。それでも彼女は仕事がなかったんだろう。「私は操《みさお》を売ろう」そこで彼女は、生命力の最後の一滴を涸《か》らしてしまったんではあるまいか。そしてそこでも愈々《いよいよ》働けなくなったんだ。で、遂々《とうとう》ここへこんな風にしてもう生きる希望さえも捨てて、死を待ってるんだろう。
三
私は彼女が未《ま》だ口が利けるだろうか、どうだろうかが知りたくなった。恥しい話だが、私は、「お前さんは未だ生きていたいかい」と聞いて見る慾望をどうにも抑えきれなくなった。云いかえれば人間はこんな状態になった時、一体どんな考を持つもんだろう、と云うことが知りたかったんだ。
私は思い切って、女の方へズッと近寄ってその足下の方へしゃがんだ。その間も絶えず彼女の目と体とから私は目を離さなかった。と、彼女の眼も矢っ張り私の動くのに連れて動いた。私は驚いた。そして馬鹿々々しいことだが真赤になった。私は一応考えた上、彼女の眼が私の動作に連れて動いたのは、ただ私がそう感じた丈《だ》けなんだろう、と思って、よく医師が臨終の人にするように彼女の眼の上で私は手を振って見た。
彼女は瞬《またたき》をした。彼女は見ていたのだ。そして呼吸も可成《かな》り整っているのだった。
私は彼女の足下近くへ、急に体か
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