は余り出し抜けなので、その男の顔を穴のあく程見つめていた。その男は小さな、蛞蝓《なめくじ》のような顔をしていた。私はその男が何を私にしようとしているのか分らなかった。どう見たってそいつは女じゃないんだから。
「何だい」と私は急に怒鳴った。すると、私の声と同時に、給仕でも飛んで出て来るように、二人の男が飛んで出て来て私の両手を確《しっか》りと掴《つか》んだ。「相手は三人だな」と、何と云うことなしに私は考えた。――こいつあ少々面倒だわい。どいつから先に蹴っ飛ばすか、うまく立ち廻らんと、この勝負は俺の負けになるぞ、作戦計画を立ってからやれ、いいか民平!――私は据《す》えられたように立って考えていた。
「オイ、若えの、お前は若え者がするだけの楽しみを、二|分《ぶ》で買う気はねえかい」
蛞蝓《なめくじ》は一足下りながら、そう云った。
「一体何だってんだ、お前たちは。第一何が何だかさっぱり話が分らねえじゃねえか、人に話をもちかける時にゃ、相手が返事の出来るような物の言い方をするもんだ。喧嘩《けんか》なら喧嘩、泥坊なら泥坊とな」
「そりゃ分らねえ、分らねえ筈《はず》だ、未《ま》だ事が持ち上らねえからな、だが二分は持ってるだろうな」
私はポケットからありったけの金を攫《つか》み出して見せた。
もうこれ以上飲めないと思って、バーを切り上げて来たんだから、銀銅貨取り混ぜて七八十銭もあっただろう。
「うん、余る位だ。ホラ電車賃だ」
そこで私は、十銭銀貨一つだけ残して、すっかり捲き上げられた。
「どうだい、行くかい」蛞蝓《なめくじ》は訊《き》いた。
「見料《けんりょう》を払ったじゃねえか」と私は答えた。私の右腕を掴《つか》んでた男が、「こっちだ」と云いながら先へ立った。
私は十分警戒した。こいつ等三人で、五十銭やそこらの見料で一体何を私に見せようとするんだろう。然も奴等は前払で取っているんだ、若《も》し私がお芽出度《めでた》く、ほんとに何かが見られるなどと思うんなら、目と目とから火花を見るかも知れない。私は蛞蝓《なめくじ》に会う前から、私の知らない間から、――こいつ等は俺を附けて来たんじゃないかな――
だが、私は、用心するしないに拘《かかわ》らず、当然、支払っただけの金額に値するだけのものは見得ることになった。私の目から火も出なかった。二人は南京街の方へと入って行った。日本が外
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