国と貿易を始めると直ぐ建てられたらしい、古い煉瓦建《れんがだて》の家が並んでいた。ホンコンやカルカッタ辺の支邦人街と同じ空気が此処にも溢《あふ》れていた。一体に、それは住居《すまい》だか倉庫だか分らないような建て方であった。二人は幾つかの角《かど》を曲った挙句《あげく》、十字路から一軒置いて――この一軒も人が住んでるんだか住んでいないんだか分らない家――の隣へ入った。方角や歩数等から考えると、私が、汚れた孔雀《くじゃく》のような恰好《かっこう》で散歩していた、先刻《さっき》の海岸通りの裏|辺《あた》りに当るように思えた。
私たちの入った門は半分|丈《だ》けは錆《さ》びついてしまって、半分だけが、丁度《ちょうど》一人だけ通れるように開いていた。門を入るとすぐそこには塵埃《ごみ》が山のように積んであった。門の外から持ち込んだものだか、門内のどこからか持って来たものだか分らなかった。塵の下には、塵箱が壊れたまま、へしゃげて置かれてあった。が上の方は裸の埃《ほこり》であった。それに私は門を入る途端にフト感じたんだが、この門には、この門がその家の門であると云う、大切な相手の家がなかった。塵の積んである二坪ばかりの空地から、三本の坑道のような路地が走っていた。
一本は真正面に、今一本は真左へ、どちらも表通りと裏通りとの関係の、裏路の役目を勤めているのであったが、今一つの道は、真右へ五間ばかり走って、それから四十五度の角度で、どこの表通りにも関《かかわ》りのない、金庫のような感じのする建物へ、こっそりと壁にくっついた蝙蝠《こうもり》のように、斜《ななめ》に密着していた。これが昼間見たのだったら何の不思議もなくて倉庫につけられた非常階段だと思えるだろうし、又それほどにまで気を止めないんだろうが、何しろ、私は胸へピッタリ、メスの腹でも当てられたような戦慄《せんりつ》を感じた。
私は予感があった。この歪《ゆが》んだ階段を昇ると、倉庫の中へ入る。入ったが最後どうしても出られないような装置になっていて、そして、そこは、支那を本場とする六神丸の製造工場になっている。てっきり私は六神丸の原料としてそこで生《い》き胆《ぎも》を取られるんだ。
私はどこからか、その建物へ動力線が引き込まれてはいないかと、上を眺めた。多分死なない程度の電流をかけて置いて、ピクピクしてる生《い》き胆《ぎも》を取
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