いていた。何しろ横浜のメリケン波戸場《はとば》の事だから、些《いささ》か恰好《かっこう》の異《ちが》った人間たちが、沢山《たくさん》、気取ってブラついていた。私はその時、私がどんな階級に属しているか、民平――これは私の仇名《あだな》なんだが――それは失礼じゃないか、などと云うことはすっかり忘れて歩いていた。
流石《さすが》は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚《うぬぼ》れて見ても、勇気を振い起して見ても、寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内部のような散歩道を、私は一緒になって、悠然《ゆうぜん》と、続きの菜っ葉服を見て貰いたいためででもあるように、頭を上げて、手をポケットで、いや、お恥《はずか》しい話だ、私はブラブラ歩いて行った。
ところで、此時私が、自分と云うものをハッキリ意識していたらば、ワザワザ私は道化《どうけ》役者になりやしない。私は確に「何か」考えてはいたらしいが、その考の題目となっていたものは、よし、その時私がハッと気がついて「俺はたった今まで、一体何を考えていたんだ」と考えて見ても、もう思い出せなかった程の、つまりは飛行中のプロぺラのような「速い思い」だったのだろう。だが、私はその時「ハッ」とも思わなかったらしい。
客観的には憎ったらしい程|図々《ずうずう》しく、しっかりとした足どりで、歩いたらしい。しかも一つ処を幾度も幾度もサロンデッキを逍遙《しょうよう》する一等船客のように往復したらしい。
電燈がついた。そして稍々《やや》暗くなった。
一方が公園で、一方が南京町《ナンキンまち》になっている単線電車通りの丁字路の処まで私は来た。若し、ここで私をひどく驚かした者が無かったなら、私はそこで丁字路の角だったことなどには、勿論《もちろん》気がつかなかっただろう。処が、私の、今の今まで「此世の中で俺の相手になんぞなりそうな奴は、一人だっていやしないや」と云う私の観念を打ち破って、私を出し抜けに相手にする奴があった。「オイ、若けえの」と、一人の男が一体どこから飛び出したのか、危く打《ぶ》つかりそうになるほどの近くに突っ立って、押し殺すような小さな声で呻《うめ》くように云った。
「ピー、カンカンか」
私はポカンとそこへつっ立っていた。私
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