つば》を吐いて、そのまま階段を下りて門を出た。
 私の足が一足門の外へ出て、一足が内側に残っている時に私の肩を叩いたものがあった。私は飛び上った。
「ビックリしなくてもいいよ。俺だよ。どうだったい。面白かったかい。楽しめたかい」そこには蛞蝓《なめくじ》が立っていた。
「あの女がお前のために、ああなったんだったら、手前等は半死になるんだったんだ」
 私は熱くなってこう答えた。
「じゃあ何かい。あの女が誰のためにあんな目にあったのか知りたいのかい。知りたきゃ教えてやってもいいよ。そりゃ金持ちと云う奴さ。分ったかい」
 蛞蝓《なめくじ》はそう云って憐《あわ》れむような眼で私を見た。
「どうだい。も一度行かないか」
「今行ったが開かなかったのさ」
「そうだろう、俺が閂《かんぬき》を下《おろ》したからな」
「お前が! そしてお前はどこから出て来たんだ」
 私は驚いた。あの室には出入口は外には無い筈《はず》だった。
「驚くことはないさ。お前の下りた階段をお前の一つ後から一足ずつ降りて来たまでの話さ」
 此|蛞蝓野郎《なめくじやろう》、又何か計画してやがるわい。と私は考えた。幽霊じゃあるまいし、私の一足後ろを、いくらそうっと下りたところで、音のしない訳がないからだ。
 私はもう一度彼女を訪問する「必要」はなかった。私は一円だけ未《ま》だ残して持っていたが、その一円で再び彼女を「買う」と云うことは、私には出来ないことであった。だが、私は「たった五分間」彼女の見舞に行くのはいいだろうと考えた。何故《なぜ》だかも一度私は彼女に会い度《た》かった。
 私は階段を昇った。蛞蝓《なめくじ》は附いて来た。
 私は扉を押した。なるほど今度は訳なく開いた。一足|室《へや》の中に踏《ふ》み込むと、同時に、悪臭と、暑い重たい空気とが以前通りに立ちこめていた。
 どう云う訳だか分らないが、今度は此部屋の様子が全《まる》で変ってるであろうと、私は一人で固く決め込んでいたのだが、私の感じは当っていなかった。
 何もかも元の通りだった。ビール箱の蔭には女が寝ていたし、その外には私と、蛞蝓《なめくじ》と二人っ切りであった。
「さっきのお前の相棒はどこへ行ったい」
「皆家へ帰ったよ」
「何だ! 皆ここに棲《す》んでるってのは嘘《うそ》なのかい」
「そうすることもあるだろう」
「それじゃ、あの女とお前たちはどんな関
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