係だ」遂々《とうとう》私は切り出した。
「あの女は俺達の友達だ」
「じゃあ何だって、友達を素っ裸にして、病人に薬もやらないで、おまけに未だ其上見ず知らずの男にあの女を玩具《おもちゃ》にさすんだ」
「俺達はそうしたい訳じゃないんだ、だがそうしなけれゃあの女は薬も飲めないし、卵も食えなくなるんだ」
「え、それじゃ女は薬を飲んでるのか、然し、おい、誤魔化《ごまか》しちゃいけねえぜ。薬を飲ませて裸にしといちゃ差引|零《ゼロ》じゃないか、卵を食べさせて男に蹂躙《じゅうりん》されりゃ、差引欠損になるじゃないか。そんな理窟《りくつ》に合わん法があるもんかい」
「それがどうにもならないんだ。病気なのはあの女ばかりじゃないんだ。皆が病気なんだ。そして皆が搾《しぼ》られた渣《かす》なんだ。俺達あみんな働きすぎたんだ。俺達あ食うために働いたんだが、その働きは大急ぎで自分の命を磨《す》り減《へら》しちゃったんだ。あの女は肺結核の子宮癌《しきゅうがん》で、俺は御覧の通りのヨロケさ」
「だから此女に淫売をさせて、お前達が皆で食ってるって云うのか」
「此女に淫売をさせはしないよ。そんなことを為《す》る奴もあるが、俺の方ではチャンと見張りしていて、そんな奴あ放《ほう》り出してしまうんだ。それにそう無暗《むやみ》に連れて来るって訳でもないんだ。俺は、お前が菜っ葉を着て、ブル達の間を全《まる》で大臣のような顔をして、恥しがりもしないで歩いていたから、附けて行ったのさ、誰にでも打《ぶ》っつかったら、それこさ一度で取っ捕まっちまわあな」
「お前はどう思う。俺たちが何故《なぜ》死んじまわないんだろうと不思議に思うだろうな、穴倉の中で蛆虫《うじむし》見たいに生きているのは詰らないと思うだろう。全く詰らない骨頂さ、だがね、生きてると何か役に立てないこともあるまい。いつか何かの折があるだろう、と云う空頼《そらだの》みが俺たちを引っ張っているんだよ」
 私は全《まる》っ切り誤解していたんだ。そして私は何と云う恥知らずだったろう。
 私はビール箱の衝立《ついたて》の向うへ行った。そこに彼女は以前のようにして臥《ね》ていた。
 今は彼女の体の上には浴衣《ゆかた》がかけてあった。彼女は眠ってるのだろう。眼を閉じていた。
 私は淫売婦の代りに殉教者を見た。
 彼女は、被搾取階級の一切の運命を象徴しているように見えた。
 私
前へ 次へ
全16ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング