つた。家主も、世智辛くなつたと見えて、空家の分割貸しを始めやがつた。
これこそプロ文学を守る道(下)
Nに、私は、この「遺言文学」を奨めたのである。それは、Nに自殺を強ひるにも等しい程、惨酷な事であつた。
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「だが、君といふ肉体は、一つの遺言も残さないで死ねば、それつ切りだ。だが、君が、現在の世の中に対して持つてゐる、支配階級へのじゆそ、君と同じやうに踏みくだかれてゐる者への愛情や涙、この不合理から自分自身を解放する為の組織、さういふものを、死を決して、遺言として残す積りでかゝれば、必ず人を打ち、動かすものが書けると思ふ。僕たち、労働者出の作家には、それ以外に何の材料も無いでは無いか。小細工を弄する時ではない、と僕は思ふ。実際、君にしろ、僕にしろ、皆が、自殺か何かを考へないではゐられない時代なのだからねえ」
[#ここで字下げ終わり]
さう、私はいつてしまつて、後で、Nの顔を見る事が出来なかつた。
*
文学は惨酷なものである。
もし、「遺言の積りで書いたもの」が、人を感動させる事も、面白くも可笑しくも、無いものであつたら、どうであらう。
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