ったら、私にお返事下さいね。その代り、私の恋人の着ていた仕事着の裂《きれ》を、あなたに上げます。この手紙を包んであるのがそうなのですよ。この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸《し》み込んでいるのですよ。あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いて呉れたことでしょう。
 お願いですからね。此セメントを使った月日と、それから委《くわ》しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。

 松戸与三は、湧《わ》きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。
 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻《あお》った。
「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打《ぶ》ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。
「へべれけになって暴《あば》れられて堪《たま》るもんですか、子供たちをどうします」
 細君がそう云った。
 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。
[#地から1字上げ](大正十五年一月)



底本:「全集・現代文学の発見・第一巻 最初の衝撃」学芸書
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