のかけた電話によって警察の自動車が時を移さず家《うち》の前についた。立《たち》しぶる宿の内儀《かみ》さんを引立てゝ、一行は海浜旅館へ自動車を疾走《はし》らせた。
 旅館の玄関へ着くと、一行はドヤと帳場へ入っていった。支配人は呆然として先に立ったA嬢の顔を瞶《みつ》めていたが、
「これは大変だ。貴女《あなた》はAさんのお嬢様に違いありません。然し五階のお部屋にいるお嬢さんは……」と叫んだ。
「偽《にせ》者だ。」
「騙《かた》りだ。」居合せた男達は口々に叫んで、昇降機《リフト》に向おうとする刹那、倏忽《たちまち》戸外《そと》に凄じい騒ぎが起った。それは年若い婦人が五階の窓から敷石の上へ墜落《お》ちて惨死したという報知《しらせ》であった。

        四

 泉原はそれをきくと真先に旅館を飛出した。雨に濡れた敷石の上に、緑色のドレスを着た女が頭蓋骨を粉砕されて無惨な死を遂《と》げていた。真紅《まっか》な血が顔から頸筋をベットリ染めている。それは紛れもない泉原の愛人であったグヰンの変り果てた姿である。泉原は集ってきた人々の手を借りて旅館の一室へ擔込《かつぎこ》んで、応急手当を施したが女は全く息が絶えていた。
「それ。」といって警官の一行は泉原を残したまゝ、五階へ上ると、A夫人は顔を両手に覆《お》うて、恐ろしさにワナ/\と打震えていた。寝室にはA老人が冷たくなって既に縡切《ことき》れていた。
 夫人は直《ただち》に警察へ引立られた。グヰンは自動車に乗った警官の一行が旅館《ホテル》へ入ったのを見て、所詮《しょせん》身の免《のが》れ得ぬのを知り、五階の窓から飛降りて、自殺を図《はか》ったのだというものもあれば、A夫人がグヰンを突落したのであろうと、意味あり気に囁《ささや》き合う連中もあった。泉原はその孰《いず》れにも容易に耳を傾ける事は出来なかったが、たとえ彼を裏切ったとはいえ、目のあたり無惨な最後を遂げた昔の恋人を見ると、坐《そぞろ》に涙を催された。泉原は死骸の側《わき》につきゝって、何呉《なにくれ》となく世話をやいた。
 甥のリケットはそれっきり姿を晦《くら》まして了った。警察に引致《いんち》されたA夫人と、A嬢の監禁されていた宿の内儀さんの自白によって左記の事実が明白となった。

 変屈者のA老人は唯一人|飄然《へいぜん》と海岸へ来て、旅館《ホテル》に滞在中、固疾《こしつ》の心臓病が起って危篤に陥った。報知《しらせ》によって倫敦《ロンドン》から娘が看護に来た。娘はA老人の先妻の子で、現在のA夫人は数年前から倫敦《ロンドン》へ別居している。A老人の容態は日一日と不良《わる》くなっていった。娘は父親にいえば不興《ふきょう》を蒙《こうむ》るのを知っていたが、病気の経過が思わしくないので、思い余って密《ひそか》にA夫人に手紙を出したのであった。するとA老人が逝去《なくな》った前夜、A夫人から電報が来て、九時に停車場《ステーション》に着くから迎えに来てくれと記《しる》してあった。娘は密に旅館を抜出して停車場へゆくと、彼等の罠にかゝって場末にあるリケットの仲間の家に監禁された。リケットの情婦グヰンが娘に生写《いきうつ》しであるを種に、A夫人は娘のスエーターを剥取ってグヰンに着せ、真《ほん》ものゝA嬢と見せかけて、大胆に海浜旅館へ乗込んだのである。
 A老人の直接の死因は心臓麻痺であった。然し前日の医師の診断では、そう急激に変化が来るとは何人《なんぴと》も信じなかった。何か特別に精神的激動を受けたものかも知れないと、係りの医師は頻《しき》りに首を傾けていた。尤《もっと》も病人は高齢の事であり、且《か》つ衰弱が甚だしかったから、故意に枕元の窓をあけて、寒冷な夜気を吸込ませておいても、非常な影響であるという事であった。
 A夫人は係官の訊問に答えて、
「私は甥のリケットと、死んだグヰンとを一緒にする事に反対はしなかったが、良夫《おっと》は何故かグヰンを酷《ひど》く嫌っていて、そんな女と結婚するなら鐚一文《びたいちもん》もやらぬ、といっておりました。グヰンの方が余計にリケットを愛していつも附纏《つきまと》っていたので、近頃は甥も少しく鼻についていたらしかったのです。前の晩、私共は看護|疲労《づか》れで夜中の一時過ぎに臥《やす》みました。それから一二時間もしてフト気がつくと、良夫とグヰンが何事か声高にいい争っているのを耳にしましたが、余りに疲労《つか》れていたので、起きてゆく精もなく、其《その》まゝ睡《ねむ》って了《しま》ったのです。」と意味あり気にいった。
 死人に口なしでグヰンの死は一切謎であった。然しながら老人が死ねば、財産は当然A嬢の手に移る事になっている。それ故《ゆえ》真《ほん》ものゝA嬢を監禁して、其間に容貌の酷似したグヰンを身替りにして
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