、長い学校生活を終わった伊東の数人の仲間が京橋《きょうばし》のビヤホールで何軒目かの梯子酒《はしござけ》をやっているときだった。酔い痴《し》れて店をよろけ出ていった仲間の一人は川っ縁に倒れているし、もう一人は何人《なんぴと》の存在にも無関心で犬の真似《まね》をしてテーブルの下を這《は》い回っていた。ふと伊東が顔を上げると、隅のテーブルで目を据えながらビールのコップを並べているのが宝沢であった。彼は黒っぽい洋服を着て、下は巻ゲートルに裸足足袋《はだしたび》を履いていた。
「北海道のほうを回り歩いていた。妹が自殺をしたので後始末をしてきた。きみは大学を出て月給でも取るようになったか……」
 などと宝沢は言った。それから何分経ったか何十分経ったか、伊東の目の前にさっとビールが飛んできた。彼は敏捷《びんしょう》に身を躱《かわ》したので、ちょうど床から立ち上がった友人が伊東の代わりにすっかりビールを被《かぶ》ってしまった。
「いい機嫌だな」
 宝沢は笑いながら戸外へ出てしまった。
 それからまた数年経った。伊東が二度目にヨーロッパの旅に行った帰途、上海《シャンハイ》の河岸の公園を伊東と宝沢は肩を
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