ば、あんなダイヤモンド一つぐらいじゃあ償われないものだわ」
「親父に関することなどは、ぼくはちっとも知りたくない。ぼくはただ、あなたの昔の愛を呼び覚ましたいのだ。ぼくはいまだって、まだ真剣にあなたを思いつづけているのだ。あなたの返事一つで、ぼくは即座に執念深い悪魔にもなれる。波瑠さん、ぼくはここへ酒を飲みに来たのでもなく、みずからの覚悟を述べに来たのでもなく、あなたの最後の返事を聞きに来たのですよ」
 しばし沈黙が続いた。その間に、帳場の時計が忙《せわ》しく四時を打った。
 いちばん年齢《とし》の若い女給の信子《のぶこ》は遠くから気遣わしそうに波瑠子を眺めていたが、やがて用ありげに二人の傍《そば》を通り抜けて、衝立《ついたて》の背後をひと回りしてもとのところへ戻った。そして、陽気なジャズをかけはじめた。
 波瑠子はついに決心して言った。
「では今晩、お店を仕舞ってから十一時半に蒲田新道《かまたしんみち》の水明館《すいめいかん》でお会いしましょう。そして、もう一度よく相談をしましょう」
 二人はそれからいっそう声を低めて、何事か話し合った。そして“ハルピンから来た男”は間もなく、その『ナ
前へ 次へ
全20ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング