束をしたかしれませんが、五年もこうして隠れていたんですもの、あなたもそれだけで分かってくだすってもよくはない?」
 波瑠子は冷ややかに言った。
「子供のとき? それはいけない。親父《おやじ》の大切な宝石を盗んで逃げ、汽船では身投げした女になり済まして、横山《よこやま》ハル子《こ》は死んだことに作ったりした手際は、子供の知恵とは言われないからね」
「あなたはあのダイヤモンドを狙《ねら》っているのね。けれどもあのダイヤモンドだって、曰《いわ》くつきの代物よ。張《ちょう》さんのものをあなたのお父さんが……」
「しっ! あなたは何を言っているんだ。張は取引を済ましたあとで勝手に酒を飲み歩いて、追剥《おいは》ぎに殺されたのじゃあないか。滅多なことを言ってもらっては困る」
 男は恐ろしい目で辺りを見回した。
 パーラーにはまだ客はいなかった。正面の壁から階段の上まで、ずらりと並んだエジプト模様の壁画の目が一斉にこっちを向いていた。
「……それはわたしが言い過ぎたかもしれませんわ。けれども、あれはあなたのお父さんがわたしから奪い取った貞操の代償として、わたしが所有する権利があるのよ。本当のことを言え
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