いたが、経帷子《きょうかたびら》に包まれた腕に触れたとき、
「あっ!」
 と驚愕《きょうがく》の叫びを上げた。彼女は顔色を変えて、なにやら訳の分からぬことを口走りながら部屋を出ていってしまった。
 翌日、みのりは信子に会ったとき、
「わたし、どうしても波瑠子さんが亡くなられたとは信じられないのよ。いまでもあの方がどこかでわたしを待っていてくださるような気がするの。……もしあの方が本当にこの世にいないとすれば、わたしのような黒鳥《くろどり》は生きている甲斐《かい》はないわ」
 と、感傷的に言った。
 みのりはそれから三日目に家出をしたが、行った先はその日のうちに分かった。それは横浜に住んでいる彼女のピアノの先生からの手紙に、みのりは東京へ帰りたくないと言っているから、差し支えなければ当分預かってもよいと言ってきたからだった。
 海保はチョッキの内隠し袋に縫い込んだ、ダイヤモンドの膨らみを上着の上から撫《な》でて、
「これでいい、月賦の自動車は引き上げられそうだし、店は倒れかかっているし、夜逃げには誂《あつら》え向きだ。足手纏《あしでまと》いになると思っていたみのりは自分から片をつけるし、
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