あれでも家に半年もいらしったでしょうかね。おとなしい、いい方でしたよ。ひところは葉書などを寄越しましたが、この節はどこにいらっしゃるかいっこうに存じません」
 と言うのであった。

       5

 波瑠子の遺骸《いがい》はカフェに続いた海保ギャレージの一室に置かれ、その前の机の上に貧しい花が手向けてあった。
 女給たちは代わり合って焼香した。あまりに急な、しかも尋常でない朋輩《ほうばい》の死に女たちは嗚咽《おえつ》する者もあった。目を赤く腫《は》らした信子は波瑠子と特別親しかったので店には出ず、なにかと葬儀の用意をしていた。
 主人の海保は青い顔をして黙り込んでいるし、小使の鈴木は鼻を詰まらせている。だが、人々の中でだれよりもいちばん悲しく見えたのはみのりであった。彼女は目が見えないうえに、口まで利けなくなったように口を開かず、影法師のように部屋の片隅で坐《すわ》っていた。
 心ばかりの告別式が済んで、いよいよ納棺するときが来た。するとみのりは不意に立ち上がって、泳ぐような手付きをしながら柩《ひつぎ》の傍《そば》へ進み寄った。そして、死骸《しがい》の上へ最後の愛撫《あいぶ》をして
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