中の“都合の悪いこと”について、何か心当たりはないかという刑事の質問に、信子は、
「このごろお店へたびたび見えるハルピンから来た男をたいへんいやがっていましたから、そんなことじゃあないでしょうか」
と言った。
刑事はその男についていろいろと訊き糺《ただ》したが、ただ波瑠子とは以前からの知り合いらしかったということだけで、名前さえ知る者はなかった。
主人と信子とかおるの三人は刑事に伴われて、惨殺死体を見に行った。
それは確かに波瑠子の死骸《しがい》であると、三人が認定した。
死体は『ナイル・カフェ』に引き取ることになった。波瑠子の身元保証人が実在の人物でなかったことが分かったからである。
刑事は波瑠子の置き手紙によって荷物の届け先を調べ、その辺から何か犯罪の手掛かりを掴《つか》もうとした。事実、波瑠子の身元は皆目分かっていない。ただハルピン育ち、神戸《こうべ》にも大阪にもいたことがあるというだけで、現在名乗っている名前さえ虚僞か本当か分からない。
府下目黒町八四一番地、中山としというのは白米商であった。主婦は、
「波瑠子さんという方は一年ほど前に家の二階に下宿していた人で、
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