羽織を着ている。頭髪は美容院で結ったらしく、大きくウエーブをつけた束髪であった。ハンドバッグその他の持ち物はなく、身元はいっさい不明であったが、袂《たもと》に『ナイル・カフェ』のナプキン紙が入っていたのと、服装が女給風であったので聞き合わせに来たのであるという。
 家の者たちは驚いて詳しく様子を訊《き》くと、前夜無断で店を出たっきり帰らない波瑠子らしかった。ことに服装は、当夜の波瑠子の着衣に符合している。
 絞殺したうえ顔面を叩き潰してあるとは、よほど深い恨みを持った者の所業に違いない。
 信子は前日波瑠子から託された手紙を刑事の前に広げた。

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――信ちゃん、わたしは都合の悪いことがあって、しばらくは身を隠さねばならなくなったから、明日にでもわたしの荷物をひとまとめにして、左記へ送ってくださいね。マスターにも、あなたは何も知らないような顔をしていてちょうだい。運賃としてここに五円入れておきます。
 いずれ時が来たら会いましょう。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]波瑠子
(届け先、府下|目黒町《めぐろまち》八四一、中山《なかやま》とし方)

 手紙の
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