りませんよ」
と言った。
「そう言えばさっき、わたしが物音を聞いて起き上がったとき、裏木戸のほうに靴音がしたようだった」
と、海保が言った。
「マル公はいつもいらないときにあんなに吠《ほ》えるくせに、なんだって今夜はおとなしいんでしょうね。わたし、どうしたんだか寝つかれないで、ずっと前から目を覚ましていましたわ」
と、蔦江が言った。
「あいつはこの節すっかり耄碌《もうろく》している。それにことによったら泥棒ではなくって、店の常連の中の痴漢が一杯機嫌で若い人たちの部屋を覗《のぞ》きに来たのかもしれない」
と、主人が言った。
「おお気味が悪い」
蔦江は肩を竦《すく》めた。
「だけれど、みのりさんはどうしてお店へなんかいらしったのでしょう?」
信子は腑《ふ》に落ちないらしく言った。
人々は顔を見合わせた。しばらくしてみのりは、
「わたしは夢を見て、寝惚《ねぼ》けてこんなところへ来てしまったの。そして、だれかに突き飛ばされて気がつきましたのよ。けれども、それも夢かもしれませんわ」
と、初めて唇を開いた。
「ああ、そうかもしれない。とにかく風邪を引くといけないから、おまえは部屋へ
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