人の海保が慌ただしく駆けつけた。
「みのりか、いったいどうしたんだ? おまえはなんでこんなところへ来たの?」
 少女は父親の言葉にもだれの言葉にも答えず、電灯のほうに顔を向けていたが、長い睫毛《まつげ》の間に涙が光っていた。
「どこか怪我でもなすったのじゃあないかしら、ええ? 大丈夫?」
 信子が顔を寄せて気遣わしそうに訊《たず》ねると、少女は大きく頷《うなず》いた。
「わたし、夢現《ゆめうつつ》に女の呻《うめ》き声を聞いて目を覚ますと、お店をだれか駆けていく足音を聞いたんですよ。泥棒が入ったんじゃあないでしょうか」
 信子はだれに言うともなく言った。
「わたしも、ただならない物音を聞いて飛んできたんです」
 鈴木は裏の廊下から、階段下の便所のほうを見回りに行った。
 帳場のキャッシュ・レジスターを検《しら》べていた海保は、正面の棚を見回しながら、
「別にどこにも異常のないところを見ると、泥棒でもないらしいな」
 と、独り言のように呟《つぶや》いた。
 家じゅうをひと回りして戻ってきた鈴木は、
「旦那《だんな》、裏口の木戸が開いておりましたから、非常口を抜けて、あそこから逃げたに違いあ
前へ 次へ
全20ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング