「波瑠子さんじゃあないかしら」
 その時、階下《した》の廊下をがたがた走っていく靴音が聞こえた。
 信子は素早く電灯を点《つ》け、かおると二人で廊下へ出ようとすると、蒲団《ふとん》を被《かぶ》って慄《ふる》えていた蔦江は一人部屋に残されるのが恐ろしさに、歯を鳴らしながらその後に続いた。
 三人はひと塊になって最初の階段を下りたところで、信子が、
「鈴木《すずき》の小父《おじ》さん! 早くお店に来てください!」
 と呼び立てた。
 その時、階下でも怪しい物音を聞いたとみえて、方々で戸の開く音がした。寝巻のまま階段を跳び上がってきたのは小使の鈴木であった。
 パーラーにぱっと電灯が点いた。見ると青銅《ブロンズ》のビーナスの像の下に、白い寝巻を着たみのりがべったりと床に坐《すわ》っていた。
「どうしたんです、お嬢さん!」
 鈴木が傍《そば》へ寄って少女を抱き起こした。
「まあ、みのりさん、どうなすったの?」
「怪我《けが》でもなすったのじゃあないの!」
 階段を駆け下りた女たちは、労《いたわ》るようにみのりを長椅子《ながいす》に連れていった。
 そこへ、ワイシャツの上にガウンを羽織った主
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