透してどんよりと暗くなってゆく陰気な街の空を眺めていた。
 そこへ飄然と、柏《かしわ》という友人が訪ねてきた。
「いいところへ来たよ。お祝いをやろうと思っていたんだ」
「お祝いとは豪気だな」柏はミシミシと壊れかかった藤椅子へ腰を下すと、絵具の附着《つ》いた指先で無雑作に卓上の煙草を抜出して口へ持っていった。
「いよいよ破産なんだ。親が僕に遺していった金は基督降誕祭《クリスマスこうたんさい》前に銀行から引出したやつで全部だが、昨日までに消費《つかい》果して、見給え、ここに百円残っているきりだ。これが無くなると、厭でも日頃の君の忠告に従わなければならない」
「そう来なくてはならない。それで君も一人前の男になる訳だ。百円あれば当分暮せる。その間に適当な職業を探すのだな。働くという事はいい事だ。フン」と柏はいった。この男だってズボラにかけては退けをとらない方で、日頃私が充分な時間を持っているのを羨しがっていたから、御同様働く仲間が出来たのを喜んだのに違いない。
「いい事か、悪い事か知らんが、僕は計画があるんだ。詮《つま》りね、この端金を一晩でビールの泡にしてしまうというんだ。遊民生活の過去と華
前へ 次へ
全65ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング