れた。
予期していたとおり、その死骸はわたしが昨夜待ち設けていた青年であった。彼はもうひと息でわたしの宿へ着くというところまで来ていて殺されたのであった。
ポケットは全部裏返されて服のマークは剥《は》ぎ取られ、身元を語るようなものはなにひとつ身についていなかった。
現場には帽子もなかったという。犯人が持ち去ったものか、それとも青年が家人の隙《すき》を窺《うかが》って帽子も被らずに家を抜け出してわたしの宿に急いだものか。
昨日《きのう》の午後、あんなにわたしに頼っていた青年、まるで弟が兄に縋《すが》るような瞳でわたしに呼びかけた青年が、冷たい死骸となって眼前に横たわっているの見て、わたしは自分の手落ちのように感じ、暗然として涙を呑《の》んだ。わたしは青年の名を聞いていなかった。すべてを夜の九時に会って聞くことにしていたので、その哀れな青年が存在しているということ以外はなにひとつ知らなかった。
青年の恐れていた男というのは何者であろう? そして、彼があんなに心をかけていた若い妻はどうなったであろう?
カナダから来たというその青年はむろん、まだ領事館には届け出ていなかった。そんな
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