、その話題を打ち切った。
そこへ奥さんや子供たちが現れてきて、賑やかな世間話に打ち興じた。
それでもわたしは青年のことが気にかかって、少し早めに暇《いとま》を告げて九時前にホテルに戻った。
広間のあちこちに、午後の汽車ででも着いたらしい新顔の日本人がだいぶ見えた。○○丸の出帆がいよいよ数日のうちに迫っているのである。
わたしの客はまだ来ていなかった。
わたしは念のために帳場へ行って、訪問客があったらすぐに通すように言いおいて、二階の自分の部屋へ退いた。
わたしは上着をガウンに着替えて、羅府《ロサンゼルス》の妹や友人たちに手紙を書いたり、夕刊新聞を読んだりしているうちに、待っている青年は来ないで時間は経過してとうとう十二時になってしまった。
階下はいつの間にか消灯して、建物の中は静まり返っていた。おりおり、遠くの往来を走る自動車の音が聞こえてくるばかりである。
青年はどうしたのであろう? 家を抜け出す機会がなかったのであろうか?
わたしはいくらか裏切られたようないやな気持ちで枕《まくら》もとの電灯を消して床に就いた。身体《からだ》が休まるにつれて、わたしの気持ちは穏やか
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