は青年の立場を察して、怪しい男たちの来ないうちにその場を立ち去った。
それから数分後には、わたしは博物館の中を歩いていた。
子供の手を引いた美しい婦人や快活な娘たちの賑《にぎ》やかな一団と、後になり先になりして、古い壁掛けや古美術品などを見て回った。
やがて水族館をぐるぐる回って暗い廊下を抜けると、不意に眼前に数頭の獅子《しし》が森林を駆け回っている光景が現れた。いずれも剥製《はくせい》であるが、その様が真に迫っていた。
「そんな馬鹿《ばか》なことがあるものか、この大都会の真ん中で!」
とわたしはその時、声を出して独り言を言ってしまった。先刻の青年の奇怪な話が、無意識のうちに気にかかっていたものとみえる。
わたしは間もなく建物を出て帰途に着いた。
澱《よど》んだような穏やかな空の日足が、木々の影を地上に長く引いていた。
公園は相変わらず森閑としていて、そこにはもう奇怪な青年も鳥打帽の男たちの姿も見えなかった。
わたしはその晩、旧友|並山《なみやま》副領事の自宅に招かれて久しぶりに日本料理の馳走《ちそう》になった。食事のあとでハバナを燻《くゆ》らしながら安楽椅子《あんらく
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