坂口は食事を済ませてから、コックス家を訪ねた。昨夜《ゆうべ》の女のことが気に掛っていた。それに置手紙をして、昨夜一晩帰って来なかった伯父のことを思うと、じっとして家にいることが出来なかった。
 丁度十一時である。彼は女中の開けてくれた玄関を入った。ホールの突当りに在る書斎は開放しになって、そこから庭に続く石段の手摺や、緑色の芝生が見えていた。
 書斎のベランダに置かれた鳥籠の中で、薄桃色と青とで彩色《いろど》ったような鸚鵡《おうむ》が、日光を浴びながら羽ばたきをして、奇声を上げている。
 窓わきに椅子を寄せて、頻りに編物をしていたビアトレスは坂口の姿を見ると、微笑《わらい》ながら立ってきた。
「オヤ、誰かと思ったら貴郎なの、よくいらしってね。随分いい季節になったのね。貴郎はお好きでしょう」
「エエ、散歩には上等です」坂口は相手が笑いながらじっと視詰めているので、聊《いささ》か固くなって答えた。
「戸外はいいでしょう。ほんとに男の方は羨しいわ。何処へでも自由に行けるのですもの」
「女だって、何処へでも自由に行けると思いますがね」
「アラ、そうはゆかないわ。でも母さんはよくお出掛けになる
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