手に押えられてしまったのである。彼は殺人犯の有力な嫌疑者として直に所轄のH警察へ引致され、係官の厳重な取調べを受けた。
「そのうちに現場附近から、兇器の拳銃が発見される。コルトンの身許も判明し、ベースウォーター街に自宅を持ちながら、私が態々《わざわざ》パーク旅館の而も被害者の隣室に投宿したという件も知れて来て、私に対する嫌疑がいよいよ深くなっていったのです。それで仕舞には面倒になって、自分から殺人罪を承認してしまったのですよ。然し、有難い事に不思議な女が飛出して来た為に、私の無罪が判明してこの通り放免になったのです」と林は長い談話を結んだ。彼は身に覚えのない殺人罪を何故承認したのであるか。恐らく彼はエリスの名が、心ない世人の口の端《は》に上るのを虞《おそ》れて、自ら罪を引受けてしまったものと思われるが、林はエリス母子と坂口を前にして、その点に関する説明を避け極めて簡略に、且つ無造作に、かたづけてしまった。

 コックス家と林家の人々は翌朝の新聞紙によって、その怪しい女は曾《かつ》てトーマス・コルトンの情婦であった事を知った。その二人は数年間スマトラ地方で同棲していたが、其後コルトンは女
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