を棄てて姿を隠して了った。行先は多分生れ故郷の英国であろうと女はかんがえていたので、つい此程倫敦へやってきて、毎日根気よく男の行方を探《たず》ねているうちに、ようやく男がパーク旅館に滞在しているのを見付け出した。然しながら女は、コルトンが一筋縄ではゆかぬ悪漢である事を知っていたので、用心して機会を狙っていた。そのうちに男はある女と文通したり、密々《みつみつ》会っていたりするのを知って、激しい嫉妬と憎悪の念に悩まされた。女は遂にエリスの家を探りあてた。エリスの家の前に倒れて、家の中に担込《かつぎこま》れるように計《たくら》んだのは、彼女の狂言であった。そして彼女はエリスと男との関係を探ろうとしたのであった。彼女は一旦エリスの家を出たが、執念深く二人に附纏った。其夜コルトンとエリスが人気のないパラメントヒルの共同椅子に腰をかけていた時、二人がどのような話をするかと、近くの雑木林の中に潜伏《ひそ》んでいるうちに、つくづくコルトンが憎くなって、思わず拳銃の引金を引いてしまったという事であった。
 パラメントヒルの殺人事件はそれで終りを告げた。コルトンの死骸の横っていた共同椅子の辺には、青草が知らず顔に萋々《せいせい》と伸びている。倫敦は軈て芳香《かおり》高い薔薇の咲く頃となった。
[#地付き](「秘密探偵雑誌」一九二三年五月号)



底本:「幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選」光文社文庫、光文社
   2001(平成13)年2月20日初版1刷発行
初出:「秘密探偵雑誌 第一巻第一号」奎運社
   1923(大正12)年5月号
入力:川山隆
校正:土屋隆
2006年12月31日作成
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