何か云っているじゃアないか」と坂口は低い声で云った。
二人は霎時《しばらく》の間、片唾《かたず》をのんで鸚鵡の言葉を聞いた。
「そうだ、ビアトレスさんに電話がかかった時は、此広い家の中に居合したものはお前丈だ」坂口はそう思って、じっと鳥籠を視守った。
彼は電話の鈴を鳴したり、電話を聞く真似をしたりして苦心の結果、二度程聞いた同じ言葉から、Pという頭文字のついた二|音符《シラブル》の旅館の名を捜出そうと思った。彼は直に電話帳を繰ってPの行を読んでいったが急に顔を輝かして、
「パーク旅館! これに違いない。H公園なら造作ない、私はこれから行ってくる」と叫んだ。
坂口はそれから三十分後に、旅館の前の横町へ姿を現わした。
と見ると旅館から出てきた二人の男女が周章《あわただ》しく、出口に待っている自動車の中へ入っていった。何分にも、道路を隔てているので確《しか》とは判らないが、どうやら中折帽を冠っている男は、旅行に行っている筈の伯父であり若い女はビアトレスであるらしく思われた。
坂口は一直線に往来を横切って、自動車へ馳寄ろうとする瞬間、烈しい爆音をたてて車は動きだした。
「待って下さい私です」坂口は大声に叫んで後を追かけたが、二人は慥《たしか》に後を振向きながらも、そのまま一散に疾走し去った。
坂口は公園の角まで馳って、やっと空いたタクシーを見つける事が出来た。先へ行った車は、とっくに姿を失って了ったが、坂口はそれに乗ってクロムウェル街に向った。土地馴れない運転手は、大迂廻《おおまわり》をしてようやくコックス家の前へ辿りつくと、坂口はイライラしながら車を飛下りて石段を馳上るなり、烈しく扉を叩いた。
玄関はすぐ開かれた。彼は呆気にとられている女中を押除けるようにして、居間へ躍込むと、ビアトレスがたった一人、真青な顔をしてオドオドと戸口を視詰めていた。
「ああよかった、貴女は無事にお帰宅になっていましたね」坂口は呼吸《いき》を喘《はず》ませながらいった。
ビアトレスは坂口の顔を見ると、ホッと安堵の溜息を洩らした。
「自動車が家の前へ止ったから、誰が来たのかと心配していたのよ。貴郎で本統によかったわ。私は悪漢《わるもの》のためにパーク旅館の五階に監禁されていたのです。それを林小父さんが救い出して下さいましたの」ビアトレスは思出すさえ恐ろしそうに身を慄わせながら、パー
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