山想う心
松濤明
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)一入《ひとしお》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)こたつ[#「こたつ」に傍点]に
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星の鈍くまたたく夜、麦田の上を身を切るような風が渡る。外套の襟を深く立てて東京へ行く一番列車に乗るべく急ぐ田舎道は、霜柱が夜目にも白く、ざくりざくりと足の下に砕ける音を聞いていると、そぞろ山が思い出されてくる。こんな夜の山の寒さはまた格別であろう。それを思えば家にいて温かいこたつ[#「こたつ」に傍点]に当っている方が数等楽な理であるが、行けないとなると山想う心は一入《ひとしお》、切ないものがある。何故こうも山が想われるかと、ふと己が心に問うて見る。
山へ登るには多少とも労苦を伴う。しかし、登ろうという心は労苦を愛する心では決してないであろう。やむを得ぬ場合を除いては労苦をつとめて避けるのが人情である。
「困難な登攀」を標榜《ひょうぼう》する人たちでも、困難な登攀を少しでも楽に果たすことを考えているのであり、所詮は「楽な登攀」をしか思ってはいないのである。かと言って、それはもとより単純
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