たのだ。
「何方《どちら》からお登りになったのですか?」
 何方から? これには二様の解釈がある。単に出発地だけ訊いている場合と、それを含めたルート全体を問題にしている場合とだが、はっきりしない場合には答える側としては当然前者をとるべきだ。訊かれないことを少しでも口を滑らせるのは山男の恥だから――。それにしても要件は何だろうか?
「土合《どあい》からです」
「東面ですね」
「え……」
「一ノ倉ですか」
「そうです」
 問答はそこで終った。何の要件も切り出されなくて、私は少々張り合い抜けがした。
 いきなり彼はおかしな質問をしたものだ。
「ウチの会の奴ら行ってませんでしたか」
「……?」
 ウチの会? この男は一体何を言うのだろう。初対面の相手に自己紹介も抜きにして――
 私がその顔を諳《そらん》じていなければならない理由でもあると言うのだろうか? 私は急に不愉快に感じながら訊き返した。
「どちらの会ですか」
 ところが驚くべきことに、これに対して彼は符牒《ふちょう》をもって答えたものだ。私に判らない符牒で――。何か南瓜《かぼちゃ》の親類のような符牒で――。けげんそうな私の面持ちをあわれ
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