朝の隠れし処もかなたの山にありと人のいえど日已に傾むきかかれば得行かず。ただ
   木のうろに隠れうせけりけらつゝき
など戯《たわむ》る。小田原を過ぐればこの頃の天気の癖とて雨はらはらと降りいでたり。笠は奉納せり。車は禁物なり。いかがはせんと並松の下に立ちよれども頼む木蔭も雨の漏りけり。ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏《まと》い肩にはケットの捲《ま》き円《まる》めたるを担《かつ》ぎしが手拭《てぬぐい》もて顔をつつみたり。うれしやかかる雨具もあるものをとわれも見まねに頬冠りをなんしける。秋雨|蕭々《しょうしょう》として虫の音《ね》草の底に聞こえ両側の並松一つに暮れて破駅既に近し。羇旅《きりょ》佳興に入るの時汽車人を載せて大磯に帰る。



底本:「山の旅 明治・大正篇」岩波文庫、岩波書店
   2003(平成15)年9月17日第1刷発行
   2004(平成16)年2月14日第3刷発行
底本の親本:「日本」
   1892(明治25)年10月31日から四回
初出:「日本」
   1892(明治25)年10月31日から四回
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年2
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