い》三尾を携へ来りこれを盥《たらい》に入れてわが病牀の傍《かたわら》に置く。いふ、君は病に籠《こも》りて世の春を知らず、故に今鯉を水に放ちて春水《しゅんすい》四沢に満つる様を見せしむるなりと。いと興ある言ひざまや。さらば吾も一句ものせんとて考ふれど思ふやうに成らず。とやかくと作り直し思ひ更《か》へてやうやう十句に至りぬ。さはれ数は十句にして十句にあらず、一意を十様に言ひこころみたるのみ。
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春水の盥に鯉の※[#口+僉、第4水準2−4−39]※[#口+禺、第3水準1−15−9]《あぎと》かな
盥浅く鯉の背見ゆる春の水
鯉の尾の動く盥や春の水
頭並ぶ盥の鯉や春の水
春水の盥に満ちて鯉の肩
春の水鯉の活きたる盥かな
鯉多く狭き盥や春の水
鯉の吐く泡や盥の春の水
鯉の背に春水そゝぐ盥かな
鯉はねて浅き盥や春の水
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[#地から2字上げ](三月二十六日)
先日短歌会にて、最も善き歌は誰にも解せらるべき平易なる者なりと、ある人は主張せしに、歌は善き歌になるに従ひいよいよこれを解する人少き者なりと、他の人はこれに反対し遂に一場の議論となりたりと。愚かな
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